神奈川県の北を通る矢倉沢(やぐらさわ)往還(おうかん)は東海道の裏道にあたり、大山(おおやま)参詣(さんけい)の中心道であったことから大山街道とも呼ばれた。荏田は長津田とともに江戸初期から宿駅(しゅくえき)に指定されていた。当時の宿の繁栄を物語るものとして、常夜燈が残されている。この燈は高さ230cmの大きなもので、燈の中台には「秋葉山」、竿に「常夜燈」と刻まれている。文久元年(1861年)に作られたこの燈は、秋葉講(あきばこう)の案内宿に建てられたもので、建立にあたっては、荏田宿の世話人衆をはじめとして、神奈川宿、市ヶ尾村、川崎の諏訪河原村などの有志の寄付をあおいでいる。
横浜市歴史博物館写真提供